本日は小雨の中、当麻(たいま)に鎮座いたします「天満宮」にて、春の例大祭が行われました。

今年一年稲や農作物が病気にかからず豊かに実るようにと五穀・農作物の豊穣を神様にお願い申し上げる大切なお祭であります。

天満宮の祭神である、天神様は菅原道真公(管公)の事です。
歴史・日本史の授業では、894年に遣唐使を廃止した事で習います。

菅原道真は、55歳で右大臣になり、延喜元年1月に藤原時平と共に従二位に任ぜられましたが、その後に藤原氏の謀略によって、大宰府に左遷させられてしまいました。
左遷地は劣悪な環境であったため、道真公は3年後に亡くなりました。道真公の死後、京都において藤原時平の死をきっかけに、貴族の死や疫病の流行・飢饉や災害などが立て続けに起こりました。
そしてある日、清涼殿において貴族たちの会議がされていたときに落雷があり、死傷者が出るという大惨事になりました(雷が鳴ったときにクワバラクワバラと唱えるのは菅原道真公の荘園があった桑原にだけは雷を落とさなかったという言い伝えによります)。
時の天皇である醍醐天皇は、それらを道真公の祟りであると恐れられたと伝えられます。
その後京都の北野に社を建てて、今までの非礼を詫び、丁重に祭祀を行ないその御心を慰めると次第に祟りは鎮まったと言います。当麻天満宮は、創建は1073年2月25日とされています。
御祭神は菅原道真公です。
当麻地区の氏神様ですので、氏子さん達の諸々のお願い事は勿論のこと、学問の神様であるので、学業成就や受験・試験合格のご利益があります。
また、相模原市には大小併せて84の神社がありますが、唯一の天満宮であり、近年では受験生の皆さんから「合格成就」のお礼参りで賑わっています。

因みに、天神様といえば「牛」がそのお使いとされております。
「菅原道真公の棺を運んでいる途中、太宰府の安楽寺の近くで牛が悲しみのあまり座り込んでしまった」「道真公が丑年生まれ」「亡くなった日が丑の日だった」など様々な由来から、牛が菅原道真公の使いとされているのです。
そのため、各地の天満宮では撫でて学業の向上や病気平癒を祈願する「撫で牛」が置かれています。